この写真を見たとき、最初に出た言葉は「少なっ」でした。
でも、すぐにそう言い切るのも違うのかな、とも思いました。
給食は見た目だけで判断するものではない。
栄養士さんが考えて、学校も限られた予算の中で出してくれている。
それは分かっています。
それでも、母親としてこの一食を見たとき、胸の奥がざわざわしました。
うちの子は、朝からランドセルを背負って学校へ行きます。
授業を受けて、休み時間に走って、友達と笑って、また授業を受ける。
午後には体育がある日もあるし、帰ってきてから習い事に行く日もあります。
そんな一日の真ん中に食べる昼ごはんが、これなのか。
白いご飯。
汁物。
小さなおかず。
そして果物。
大人なら「今日は軽めでいいか」と思えるかもしれません。
でも、これは成長期の子どもたちの給食です。
帰ってきた子どもに、私は聞きました。
「今日の給食、足りた?」
すると子どもは少し考えてから、
「うーん……普通」
とだけ言いました。
その“普通”が、逆に気になりました。
本当に満足しているのか。
それとも、子どもだから深く考えていないだけなのか。
みんな同じように食べているから、そういうものだと思っているだけなのか。
親としては、つい考えてしまいます。
もちろん、毎日この内容だとは思っていません。
写真一枚だけで、すべてを決めつけるつもりもありません。
でも、その一枚が多くの人の心に引っかかったのは、たぶん理由があります。
港区と聞けば、きれいな街並みや高層ビル、整った施設を思い浮かべる人が多いと思います。
子育て環境も、きっと恵まれている。
私自身、どこかでそう思っていました。
だからこそ、この写真とのギャップに戸惑いました。
外から見える街は華やかなのに、子どもたちのお昼のトレーはこんなに静かに見える。
その差が、どうしても気になってしまったのです。
SNSでは、いろいろな意見が出ていました。
「栄養が足りているなら問題ない」
「見た目だけで批判するのは違う」
「給食を作っている人たちを責める話ではない」
そういう意見も分かります。
私も、給食室で働く人たちを責めたいわけではありません。
むしろ、限られた条件の中で毎日子どもたちの食事を用意してくれていることには感謝しています。
でも同時に、こうも思うのです。
子どもの一食に、もう少しお金をかけられないのか。
毎日学校で頑張る子どもたちに、もう少し「食べた」という実感を持たせてあげられないのか。
街を明るく見せることも大事かもしれません。
観光やPRにお金を使うことにも、意味はあるのかもしれません。
でも、母親としてはどうしても思ってしまいます。
その前に、子どもたちのお皿を見てほしい。
きれいな光で街を照らす前に、毎日学校でご飯を食べている子どもたちのことを、もう少し考えてほしい。
給食は、ただお腹を満たすためだけのものではありません。
子どもにとっては、学校生活の中の大事な時間です。
「今日の給食おいしかった」
そう言って帰ってくるだけで、親は少し安心できます。
だからこそ、この写真を見たとき、私は黙っていられませんでした。
豪華なものを出してほしいわけではありません。
特別な料理を求めているわけでもありません。
ただ、子どもたちが午後も元気に過ごせるような一食であってほしい。
食べ終わったあとに、少しでも満たされた気持ちになれる給食であってほしい。
見た目だけで決めつけてはいけない。
それは本当にその通りです。
でも、見た目でここまで不安になる給食写真が出てしまったことも、無視してはいけないと思います。
これは一枚の写真の話で終わることなのでしょうか。
それとも、私たちがずっと見過ごしてきた問題なのでしょうか。
母親として、私はやっぱり聞きたいです。
この給食、本当にこれでいいのでしょうか。